ラオスでの相棒

先月末にシェアハウスを引き払って同じ練馬区内のアパートに引っ越したわけだが、その際に久々に手を触れたものとかもちらほら。
今回紹介するノートPCもその1つ。
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協力隊に行く前年の2009年(つまり、協力隊に応募して来年の今頃はどこの国にいるのかとか考えていた時期)に吉祥寺のヨドバシカメラで買った東芝のDynabook Satellite。Windows7で、スペックとかはあまり覚えてないけど確かHDDが500GBくらいあったはず。
ラオスに行く前の二本松訓練所(さらに言えば、それより前のいろいろな書類を作ったり)から、ラオスでの2年間の間にわたって、愛用してきた。
ラオスではこのPCをプロジェクターにつないで授業を行い、休日はこれを持って近くのカフェに行って、授業の資料を作ったりその他いろいろな作業を行ったり。隊員機関紙作りでも大活躍。自分のラオスでの活動はこのPCなしでは成り立たなかったと言っても過言ではないかと。
残念ながら帰国前の最後のワークショップの前々日にシステムがフリーズしてお亡くなりになったが、それでも2年間の思い出がそのまま詰まっているような感じ。ちなみに、フリーズした後はあわてて近くのPCショップで新しいノートPCを買って、このPCにUbuntuのUSBを挿してブートして必要なファイルを救い出して、何とかワークショップを乗り切ったという思い出も。

ちなみにこのPCに貼ってあるシールは二本松訓練所で、かつて協力隊で亡くなった方のご遺族(青遺海の会)が講演するというという講座があって、その時に頂いたもの。
左上から時計回りに「行き詰まりは環境のせいではない 自分の心の行き詰まりである」「涙して喜ぶ家族 君を待つ」「夢は持つもの 苦は流すもの」「人は皆旅をしている 戻ることの出来ない旅をしている」。このシールが見守っていてくれたから無事に2年間を終えて帰って来られたという気も少ししている。

久しぶりのブログ更新ということで、思い出に浸ってみた。Ubuntuの入ったUSBでブートすれば使うことができるとはいえ、日常使うPCとしてはほぼ使い物にならない状態だけど、そんなこんなで思い出が詰まっていることもあって捨てるわけにいかないというところ。
これからはフィリピンからの新しい相棒とともにエンジニアとしての人生を切り開いて行こうという気持ち。

バングラデシュのテロに思う

仕事も始まって、ようやく自分も少しずつWebプログラマーらしくなってきたかなというところで、本当はプログラミングの話題とかを増やしていきたいんだけど、これについては自分もJICAに関わった身として触れておかねばと思ってこの記事を書いた。
http://www.yomiuri.co.jp/matome/20160703-OYT8T50000.html
月並みな言葉だけど、正直悲しい事件だし、許せない事件だと思う。今回犠牲になって亡くなった方々のご冥福を心より御祈りしたい。
今回の事件を「宗教」「国際協力」の2つの点で自分なりに考えてみた。

まずは「宗教」という観点から。
まず自分は基本的には無宗教だけど、クリスマスとかは普通にお祝いするし、神社に行けばお参りするし、父親の葬式は仏教式だったし、本当典型的な日本人の宗教観でキリスト教と仏教と神道のごちゃまぜ。ただ、海外で宗教について聞かれて無宗教と言うと問題あることがあるようなので、その時はとりあえず神道と答えておくと思う。
とは言っても子供の頃祖父に「悪いことすると地獄に落ちるんだぞ」と言われていて、その影響で天国とか地獄とかあるものだと何となく思っていて、それで今まで曲がりなりにも道を踏み外さなかったところはあったのかもしれないと今になって思う。そういう意味ではこれも宗教みたいなものなのかな。
自分が2年間住んだラオスは仏教国で、朝の托鉢とかにラオス人の信仰心の深さを垣間見ることができたが、それでもクリスマスにはプレゼント交換をしたりと比較的柔軟な印象を受けた。そういう意味でも違和感なく過ごせたところはあったと思う。
また、今年になって3ヶ月ほど過ごしたフィリピンはカトリックだったけど、それでもキリスト教じゃない人にとって特に過ごしにくくなる印象はなかった。
で、今回の事件はいわゆる「イスラム原理主義者」と呼ばれる連中が起こした事件。まともなイスラム教徒の人からしてもこんなことする連中はイスラムじゃないという思いは頭の中ではわかっているつもりだけど、どうしても自分自身の中でイスラム教という宗教への違和感がぬぐいきれないというのも正直ある。
自分自身宗教というものは人を幸せにするためにあるべきだと思っていて、宗教の価値観や戒律を人の幸せよりも上に置くものは自分の中では受け入れがたいというところが正直あって、その辺りがどうなんだろうな、と。イスラム教というと豚肉やお酒がダメだったり、1日に何度もお祈りしなければならなかったり、断食があったりと何かと戒律が厳しいイメージ。とは言ってもそれを受け入れて信仰している人のことはもちろん尊重するけど。
後は異教徒に対して不寛容な点もどうも違和感を覚えてしまう。それが行きすぎたのが今回の事件と無関係ではないかな、と。その辺り自分の理解が不十分なところがあるかもしれないけど、事実と異なる点があったら指摘していただけるとありがたいです。
だからこそ、イスラム教の人には今回の事件とかテロを起こすような連中に対しては徹底的に抗議して欲しいと思う。

次に「国際協力」という点で。
今回の件で途上国に対して「怖い」というイメージを持たれて国際協力の分野が敬遠されるとしたら大変残念なことだと思う。
自分自身協力隊に参加した立場かいうと、JICAは安全に対しては実際かなり気を配っていたのは事実だと思う。訓練所でも語学の次に安全に関する講習に力を入れていたし、人国でも総会とかでは安全に関する講習は毎回あったし、バイク2人乗り禁止とか危険な場所には言ってはいけなかったりとか安全がらみのルールはかなり徹底していた。
とはいえそれでも今回の事件が防げなかったのもまた事実。いくら対策を練っているとは言ってもそれでも完全ではなかったということなんだろうし、どうすれば今回のような事件を防ぐことができたかの対策を徹底的に練って、国際協力に関わる人たちが安全に活動できる環境作りをお願いしたいと思う。
それとともに受け入れ国の政府にも治安向上に力を入れてよその国から来る人が安心できるようにしてもらえればとも思う。
自分自身の経験だとラオスで2年間過ごして無事に帰国したとはいえ、デング熱とかひったくり被害とかもあった。よくよく考えると防げたなという気持ちもある。だから協力隊の説明会とかに行った時はほぼ毎回この2つについては話している。
訓練所で言われた言葉で印象深かったものに「現地で病気になったり犯罪に巻き込まれたりするのは武勇伝や自慢話にできるようなことなんかではない。2年間一度も病気にも犯罪にもあわず無事帰ってくるのが一番いいんだ」というのがあった。自分自身はそういうわけには行かなかったけど、決して武勇伝ではなくこれから行く人が犯罪や病気に対してより注意を払うようあえて「失敗談」として話している。

何だか色々と書いてあまりうまくまとまらなかったけど、これだけは言える。もう2度とこんな酷い事件が起こらないことならびに海外に行っている全ての人が無事に笑顔で日本に帰ってこれることを心の底から祈りたい。

フィリピン。

久々に前回の更新から1ヶ月以内に更新できたw

とまあそれは置いといて、この前の土曜日に協力隊50周年記念映画「クロスロード」を見てきました。
感想はネタバレになり過ぎない程度に書いてみると、何から何まで対照的な沢田と羽村の2人の登場人物の考え方の違いとかが面白かったというか、どちらにもそれぞれ共感できるところがあったり。個人的には主人公の沢田と境遇的に重なるところも多少あったので微妙に感情移入してみたり。
後は協力隊経験者なら「自分もそうだったなあ」と思わずうなずいてしまう場面も多々あったなあと思う。訓練所の朝のランニングの場面は自分たちの代ではなかったけど。
フィリピンという国の雰囲気も何となく伝わってきたし、世界遺産のマヨヤオの棚田の風景もいいなあと思った。ただ残念ながら来月から行く予定のセブ島は出てこなかった模様。
協力隊経験者もそうでない人も見る価値のあるいい作品だと思うので、ぜひ見に行ってみてください!

で、話は変わって、上でさらっと書いたけど、今年いっぱいで今働いている会社を退職して年明けの3日から3ヶ月ほどフィリピンのセブ島で英語とWebプログラミングの勉強をしに行ってきます。語学も専門技術もしっかり身につけて国際的に通用するエンジニアになるために頑張ってきます!
勉強ももちろんだけど、ラオスともタイとも違ったフィリピンの雰囲気も楽しんでこようかと。