ラオスの思い出その2 ラオスのクリスマス

ここの所どうしても平日は疲れがたまって、更新が土日のみになってしまうけど、まあ仕方ないか。
というわけで(だから何がというわけでなんだよ)、今回はラオスの思い出シリーズその2、ラオスのクリスマスについてです(何で3月にクリスマスの話題なんだというのはこの際置いておく)。
ラオスはご存知の通り(?)仏教国ですが、仏教以外は受け入れないわけでは決してなく、クリスマスの時期は普通にみんなお祝いしていました。

配属先のラオス国立大工学部IT学科ではプレゼント交換をやって、その後ケーキを食べたりみんなで盛り上がっていた思い出があります。
ラオスには2年間いたからクリスマスのプレゼント交換は2回やっていて、1回目は日本から持ってきていたもの(確か扇子だっけ?)を持って行って、2回目は確かコップを持って言った記憶があります。当たった方は、1回目がUSBで、2回目は写真立てでした。

その他にも、住んでいた場所から自転車で7分くらいのところにあった僕が夕食でたまに行っていたお店でもクリスマスパーティーをやっていました。
その時はお店に行ったらいつもと雰囲気が違うからどうしたのかと思ったら、「今日はクリスマスのパーティーだ、食べていけ」と言われて自分もパーティーに参加させてもらいました。
ブタの丸焼きとかビーフシチューとかワインとか豪華なごちそうを楽しみつつワイワイ盛り上がっていました。
ところでそのお店、普段はカオパット(チャーハン)とかのラオス料理屋でそこそこ美味しくたまに通っていたんですが、ある日潰れちゃったんですよねえ・・・ラオスにいた2年間の間に何度かそういうことはあったんですが、自分がよく行くお店が潰れると何ともやりきれない残念な気持ちになりました。

他にもビエンチャン市内では色々なところでクリスマスの装飾が飾ってあって、ラオスの人たちもクリスマスを楽しんでいるんだなあと思いました。1月下旬くらいまでクリスマスの飾りが残ってあったりして、そこがまたラオスらしいところでもありました。
ブタの丸焼き
クリスマスケーキ
クリスマスツリー

ラオスの思い出その1 メコン川沿いの屋台

昨日予告した通り(?)、今日はラオス隊員時代の思い出話で更新しようと思います。
今日の話は、メコン川沿いにあった僕がよく通っていたラオス料理屋台のお話。

その屋台はメコン川沿いの、ドミトリー(いわゆる隊員連絡所。ラオスに来たばかりの隊員は任地に配属されるまでの最初1か月はそこで生活する。)の近くにあったので、ラオスに来たばかりの頃よく通っていた。
そのお店はラープ(ひき肉と香草のスパイシーサラダ)やタムマークフン(半熟パパイヤの辛いサラダ)といったラオス料理の王道といえるものからカイルーク(ふ化しかけの卵)といった変わったものまで幅広く揃えていて味もなかなかおいしく、それでいて値段もそんなに高くなく、ビエンチャンの中でも手軽にラオス料理を楽しめるお店の1つとして重宝していました。もちろんビアラオもありました。
でも最大のお店はお店の人の人柄でしたね。とにかく陽気なおっちゃんで、僕の顔も覚えてくれて通りがかると「今日はビアラオ飲んでいかないのか?」と声をかけてくれて、僕がラオス生活の序盤においてラオスという国になじむのにここのお店の存在も大きかったと思っています。
そんなこんなでドミトリーを離れて任地(と言ってもドミトリーから自転車で40分くらいだけど)に配属されてからも比較的よく通っていました。

でも何故か、僕が来てから1年半くらいの頃にそこのお店がなくなったと思ったらちょっと奥のほうの場所でラーメン屋に衣替えしてたんだよなあ。ラーメンも悪くなかったけど、やっぱりラオス料理のほうがよかったなあ。

一番左(半分くらいしか映ってないけど)が言わずと知れたビアラオ、真ん中がフー(ベトナムのフォーとほとんど同じです)、一番右がタムマークフン

そんなこんなで2日に1回くらいのペースでラオスの思い出話を紹介していこうと思います。
明日(更新できれば)は技術ネタで。お題はまだ未定。

ラオスでの相棒

先月末にシェアハウスを引き払って同じ練馬区内のアパートに引っ越したわけだが、その際に久々に手を触れたものとかもちらほら。
今回紹介するノートPCもその1つ。
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協力隊に行く前年の2009年(つまり、協力隊に応募して来年の今頃はどこの国にいるのかとか考えていた時期)に吉祥寺のヨドバシカメラで買った東芝のDynabook Satellite。Windows7で、スペックとかはあまり覚えてないけど確かHDDが500GBくらいあったはず。
ラオスに行く前の二本松訓練所(さらに言えば、それより前のいろいろな書類を作ったり)から、ラオスでの2年間の間にわたって、愛用してきた。
ラオスではこのPCをプロジェクターにつないで授業を行い、休日はこれを持って近くのカフェに行って、授業の資料を作ったりその他いろいろな作業を行ったり。隊員機関紙作りでも大活躍。自分のラオスでの活動はこのPCなしでは成り立たなかったと言っても過言ではないかと。
残念ながら帰国前の最後のワークショップの前々日にシステムがフリーズしてお亡くなりになったが、それでも2年間の思い出がそのまま詰まっているような感じ。ちなみに、フリーズした後はあわてて近くのPCショップで新しいノートPCを買って、このPCにUbuntuのUSBを挿してブートして必要なファイルを救い出して、何とかワークショップを乗り切ったという思い出も。

ちなみにこのPCに貼ってあるシールは二本松訓練所で、かつて協力隊で亡くなった方のご遺族(青遺海の会)が講演するというという講座があって、その時に頂いたもの。
左上から時計回りに「行き詰まりは環境のせいではない 自分の心の行き詰まりである」「涙して喜ぶ家族 君を待つ」「夢は持つもの 苦は流すもの」「人は皆旅をしている 戻ることの出来ない旅をしている」。このシールが見守っていてくれたから無事に2年間を終えて帰って来られたという気も少ししている。

久しぶりのブログ更新ということで、思い出に浸ってみた。Ubuntuの入ったUSBでブートすれば使うことができるとはいえ、日常使うPCとしてはほぼ使い物にならない状態だけど、そんなこんなで思い出が詰まっていることもあって捨てるわけにいかないというところ。
これからはフィリピンからの新しい相棒とともにエンジニアとしての人生を切り開いて行こうという気持ち。

帰国前の旅行(タイ、ラオス、ベトナム、シンガポール)

今更な話だけど、せっかくだし記事にしておくか。
3月27日にフィリピンを出てから4月6日に帰国するまでは寄り道して東南アジア各国を旅行してました。
3月27日~29日 タイ(バンコク)
本当はTOEIC受ける予定だったのが受ける曜日に制限があるらしいことがわかって受けられないので、紀伊國屋書店に行ったり湯の森でお風呂につかったりタイ料理を食べたり、とのんびり過ごすことに。
バンコクで1日か2日過ごすのはこれまでで何度もあったけど、賑やかながらもそれでいて東南アジア的なのんびりしたところがあって、なかなか味のある街だ。

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3月29日~31日 ラオス(ビエンチャン)
バンコクの後はビエンチャン。この時以来のビエンチャン、いつ来ても落ち着く場所だ。着いた日は宿にチェックインした後でカオピアックを食べて、それからレンタサイクルでビエンチャンを色々と回る。たくさん自転車を漕いで疲れたけど、心地よい疲れだ。
着いた翌日は協力隊時代の先輩隊員がやっているお店に寄ってからかつての配属先ラオス国立大工学部に行く。かつての同僚たちや後後任の方(後任の後任)に会って色々とお話する。
大学を出てちょっとゆっくりしてからメコン川沿いのレストランで後後任の方と前回のラオス旅行の時も一緒に行動した同僚の3人で食事する。その時に次の日から行くラオス南部の情報もいろいろと聞く。

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3月31日~4月4日 ラオス南部(パクセー、タートロの滝、シーパンドン)

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4月4日~5日 ベトナム(ホーチミン)

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4月5日 シンガポール *トランジット

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2014年末-2015年始ラオス旅行後編

2015年1月1日(木)(続き) ルアンパバーン~パークベン(スローボート)

ラオス旅行3部作、感動の(?)最終回。

市街地から30分位トゥクに乗って船着場に着き、乗客が揃ったらスローボートに乗る。
やはり乗客は欧米人が多い。
船の中は思っていたよりは快適。朝は寒かったが、昼頃になるとちょうどいい天気になる。
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しかし、ずっと同じような景色が続いて、途中で飽きてしまう。
ビール飲んでるか寝てるかスマホでオセロやってるかして時間を潰し、午後5時半頃パークベンに着く。欧米人(イギリス人?)の男の人に「よく寝てたね」と言われる(笑)。
そしてパークベンに着いたのだが、スーツケースを持って坂を登るのがきつい。そしたらスローボートの乗組員と思われるラオス人がゲストハウスまで運んでくれるという。運んでもらって「コプチャーイ(ありがとう)」というと、50000キープを請求される。日本円にして650円位か。なかなかバカにならない金額。先に言えと。
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パークベンの街並み。スローボートの中間地ということでゲストハウスが多い。

ゲストハウスでチェックインした後ラオス料理屋でピンパー(焼き魚)を食べる。なかなか美味い。その後もう少し色々歩いてみようとも思ったが、疲れやら寒さやら辺りが暗くなってきたやらでゲストハウスに戻ることにする。
ゲストハウスに戻った後は例によってのんびりと過ごす。
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2014年末-2015年始ラオス旅行中編

2014年12月29日(続き) ビエンチャン

こっから中編。
何もないタナレーン駅からソンテウでビエンチャン中心部へ。ちなみにソンテウの他の乗客の中に日本人がいた。中心部に向かっていくうちに見覚えのある風景が見えてきてラオスに来たんだなーと実感する。
で、中心部に着いておしゃれなカフェが増えていたり噴水広場のあたりが思いっきり様変わりしていたりで2年間という時の流れを感じた。
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中心部の噴水広場。2年前はなかった寿司屋とかいろんな店ができてた。

とりあえずゲストハウスに行ってチェックインし、荷物を置いて自転車を借りる。
その後協力隊のドミトリーに行って同じ時期にラオスに来ていたかつての隊員仲間に会ったり、カオピアック(ラオス風うどん)を食べたり、隊員時代によく行っていたカフェに行ったりと隊員時代のような時間を過ごす。
s-IMG_0056 カオピアック。s-IMG_0057 ビアラオ。

そして夜はとにかく食べたくて仕方なかったシンダート(ラオス風焼き肉)!!
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シンダート。出汁のスープと肉と野菜とチェオ(辛味つけダレ)のハーモニーがもう最高!!
セーブラーイ!!

大満足してゲストハウスに戻る。
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2014年末-2015年始ラオス旅行前編

今更ながら明けましておめでとうございます。
で、待望のラオス旅行、行ってきました!というわけで、3回に分けて旅行記を書いていこうと思います。
まずは前編。
12月26日(金) 久我山~吉祥寺~成田~仁川~バンコク
朝起きて吉祥寺まで井の頭線で行き、そっからバスで成田へ。
成田で軽く食事をして両替を済ませ、いざ飛行機へ。ちなみに両替で円安を痛感した(1000円≒8000ウォン≒320バーツ)。
そして仁川空港に着く。仁川で少しゆっくりしてからバンコク行きの飛行機を乗り継ぐ。
なお、ここまでは大韓航空だったが、仁川バンコク間の飛行機で、注目のナッツが出てくる。まあ袋に入って出てきたけど、もちろん誰も文句を行ったり怒ったりする人はいない(当たり前だ!
バンコクに着いたらタクシーでクルンテープ駅近くのホテルに移動して泊まる。空港からホテルまで500バーツ。

s-IMG_0378 クルンテープ駅
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ラオス語の実力

後5日後に迫った久々のラオス旅行、不安な点の1つは自分のラオス語が果たしてどれだけ通じるかということ。
ラオスに行くのは2年ぶりなので、かなり忘れてそう。一応週1回ラオス語を勉強していて、多少は勘を取り戻しつつあるものの、それでももともと語学センスのない自分のこと、果たしてどうなるか・・・?

ここで自分の協力隊時代のラオス語にまつわるネタをいくつか晒してみる。
①:食堂で飲み物に氷を入れたいと思って店員に「コーナムコーンデーຂໍນ້ໍາກ້ອນແດ່」(氷を持ってきて下さい)といったのが氷を表わすナムコーンນ້ໍາກ້ອນがお湯という意味のナムホーンນ້ຳຮ້ອນと聞こえたらしく、お湯を持って来られた。

②:タートルアン祭りに行くためにタート・ルアンというお祭りに行こうとトゥクトゥクの運転手に「パイタートルアンໄປທາດຫລວງ」(タート・ルアンに行って下さい)と言ったのだが、運転手は「タートルアン?何やねんそれ」というような感じで首を傾げていた。あわてて地図を見せてタートルアンの場所を指さすと運転手は「ああ、ターッルアンね」と言ってようやく行きたい場所が伝わった。
つまり、末子音は比較的小さく発音するんですが、末子音を普通の子音と同じような強さで発音してしまったために伝わらなかったということね。ローマ字で例えると「tart luang」と発音すべきところを「tarto luang」と発音してしまったわけ。

③:ラオスに来て4ヶ月半くらいでようやく自分も授業が持てることになって頑張って授業の資料を作っていてカウンターパート(日本への留学経験があって普通に日本語も話せる)に見てもらったところ、自己紹介の項目で「ウパティヘッドネナムອຸບັດຕິເຫດແນະນຳ」と書いていて、カウンターパートが明らかに笑いをこらえたような表情で「これだと交通事故を紹介するになってしまいます。正しくはネナムキャオカップコイແນະນຳກ່ຽວກັບຂ້ອຍです」と言われた。言うまでもなく、「自己紹介」が「事故紹介」になっていたわけなのだが、なぜこうなったかというと、以前にSVの方から紹介されたIMEの辞書ツールを使っていて、そのまま「じこ」「しょうかい」と打って変換したためにそのようなことが起きたわけで。

④ラオスに来て1年ちょっと経って少しはラオス語も身についてきたかなというところで、普段はラオス語と英語を半々くらいで授業をやっていたのだが、その時はいつもより気合を入れてラオス語だけで授業をやってみたところ、学生に「自分がラオス語に直して他の学生に教えるから、先生は無理しないで英語で話していいよ」と言われてしまった。学生からすれば明らかに無理しているのが見え見えだったのだろうけど、「あー自分ってラオス語下手なんだなー」と実感してしまった。飲み屋のおっちゃんとかに「パーサーラオケーンພາສາລາວເກັ່ງ」(ラオス語上手ですね)と言われて調子に乗っていただけに若干ショックではあった。
まあラオス語はあくまで意思伝達のためのツールなので、活動としてはラオス語だろうが英語だろうが相手に伝えたいことが伝えられれば問題ないわけで、その点では配属先が首都の大学という英語が出来る人が多い場所だったというのは自分にとって恵まれていたのかも。配属先が地方の村だったりビエンチャンでも活動の対象が小学生や子供だとそうは行かないだろうし。

とまあ色々とネタには事欠かないラオスの生活だったけど、今回は旅行なので、久々のラオスを楽しんでこようと思う。

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夜のタート・ルアン(ターッ・ルアン)の写真。

ラオス旅行の予定

うわーやってもうた、WordPressのアップデートをしようとして間違って過去の記事削除してしまったorzorzorz
まあ気を取り直して少しづつ更新していきますか。

というわけで8月9日から行くラオス旅行の予定とかをまとめてみる。
8月9日(土)
11:00成田空港→15:30(こっから現地時間)バンコク・スワンナブーム空港
ゲストハウス泊
8月10日(日)
13:10スワンナブーム空港→14:15ウドンタニ→電車でノーンカイに移動→ゲストハウス泊
8月11日(月)
9:00ノーンカイ駅→9:15タナレーン駅→トゥクトゥクを拾ってタラートサオ近辺へ→ちょっとゆっくりしてからかつての配属先ラオス国立大学工学部へ
http://www.ajisai.sakura.ne.jp/~tabi/rink/06vt.htm
ゲストハウス(タラートサオからできるだけ近いところ)泊
8月12日(火)
この日も1日中ビエンチャンをゆっくりする
宿泊は11日と同じところ
8月13日(水)
8時半に出発するバスでビエンチャンを出発してカシーへ
http://ameblo.jp/vangvieng/theme-10048968666.html
カシーで温泉(温水プールみたいなものだという説もあり)につかって、バンガロー泊
8月14日(木)
カシーからルアンパバーンまでバスで行ってルアンパバーンのゲストハウス泊(カシー何時発のが一番早いんだろう?)
8月15日(金)
朝5時半から6時に起きて托鉢を見学、その後午前中はゆっくりして13:15ルアンパバーン発の飛行機で14:15チェンマイ着、その後ちょっとゆっくりして19:20チェンマイ発の飛行機でバンコクを経由して翌16日8:10(日本時間)成田着

カシーからルアンパバーンのバスが結構な悪路と聞くけど、無事着くことを祈りつつ久々のラオス、楽しむぞ!!

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写真はルアンパバーン、プーシーの丘から撮ったもの。

ラオスフェスティバル2014

もう1か月以上たっちゃったけど、5月の24と25に代々木公園でラオスフェスティバルがあって、ラオスOV会のブース展示の手伝いをしたので、簡単にまとめてみる。
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メインステージ。ケーン(ラオスの楽器)の演奏やサンプラザ中野くんのコンサートも。

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ラオス料理の屋台もたくさん並んでいた。ビアラオも一杯飲めたし、懐かしいカオピアック(ラオスうどん)が食べれたのもうれしかった。

ちらみにラオスOV会のブースでは主にOVの協力隊時代の写真を展示していました。僕も何枚か写真を提供しました。
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その1つがこれ。授業の後に学生たちと撮った写真です。ちなみに着ている緑色のYシャツは10月の先生の日に学生からプレゼントされたもの。みんな元気にしているかなあ・・・

その他いくつか思ったことなどを箇条書きに。
・1週間前のタイフェスティバルに比べると来場者数は少ないものの(っていうかタイフェスがとんでもない人の多さだった)、それなりにたくさん来ていて盛り上がった。来場した人たちが東南アジアでもそんなに知られていないラオスに興味を持ってくれれば何より。
・前回行ったラオフェスはラオス行きが決まって間もない2010年で、その時以来4年ぶりだけど行く前といった後では全然違った心境だなと感慨深いものが。
・ラオスや東南アジアで活動しているNGOの展示も結構あった。前から知っている団体もあったけど、それ以外にもいろんなところがあるんだなあと。
・隊員仲間をはじめ、隊員時代にお世話になった懐かしい人たちにたくさん会えたのが何よりうれしかった。
・来年は5/23,24の土日にあるそうです。今年以上に盛り上がるといいなあ。