21年前の思い出・東海道自転車旅行

世の中コロナコロナで気が滅入るので、今から21年前、大学2年生の時の夏休みに東京から京都まで行った時の思い出を振り返って見る。
その時は5日かけて東京から京都まで自転車で行って、その後1日京都に自転車を置いて京都近辺をゆっくりして、その後自転車を袋に入れて新幹線で東京まで帰るという旅行だった。もちろんその頃はスマホもGoogleマップもないので、コンビニで休憩するついでに地図を確認したりしていたものだった。
東京から京都まで約500キロを5日間だから1日100キロくらい。簡単に行程を振り返って見る。

1日目 8月15日(日) 吉祥寺〜横浜〜平塚〜小田原〜箱根
初日はまだ体力的に余裕もあって、自転車での道を楽しみながら国道1号を進んでいく。
とはいえ、箱根の山登りがめっちゃきつかったのを覚えている。宿泊は箱根のユースホステルで。

写真は上が平塚八幡宮、小田原城。ちなみに写真はインスタントカメラで撮ったものをスマホで撮ったもの。スマホカメラというものがない21年前の写真を21年の月日を経てスマホで撮影。

2日目 8月16日(月) 箱根〜沼津〜静岡〜小夜の中山

上は箱根・芦ノ湖の写真。下は神奈川県と静岡県の県境。

2日目は箱根を少し観光してから出発する。神奈川と静岡の県境を越えると、そこからは下り坂。事故に気をつけつつ、下り坂の爽快感を楽しむ。
その後は静岡県を三島〜沼津〜富士〜清水〜静岡と進んで、藤枝から少し行ったところの小夜の中山というところのユースホステルに泊まる。

清水市(当時は静岡市と合併前)で撮った写真。この年のエスパルスは強かったなあ(遠い目)

写真上は江戸より十八里と書かれた史跡。東海道なので、こういうのが結構ある。
写真下は21年前の自分。若いなあ(苦笑)

3日目 8月17日(月) 小夜の中山〜浜松〜豊橋〜名古屋

この辺りから少しづつ足が痛くなってくる。
ユースホステルを出て、ひたすら西へ西へと進んで、昼頃に浜松へ。せっかく浜松に来たんだし、うな丼を食べていく。なかなか美味しい。
そして、静岡から愛知へ。途中いくつか史跡を見たりして、日が暮れた頃に名古屋に着く。
夜なので名古屋城には入れず、近くで名古屋城を見て、その後夕食を食べて銭湯に入り、近くの公園で野宿。


写真上 徳川信康公首塚。徳川信康とは、徳川家康の長男で、織田信長ににらまれて20歳の若さで切腹させられたカワイソスな人。
写真下は桶狭間合戦跡。

4日目 8月18日(火) 名古屋〜桑名〜四日市〜亀山〜鈴鹿峠
朝起きて公園で顔を洗ってから出発。この日も国道1号を西に進んでいき、三重県に入る。途中中学の社会で習った四日市工業地帯を通る。なかなかいい写真が撮れた記憶があるが、残念ながら見つからず。そこから更に進むと、箱根に次ぐ国道1号の難所、鈴鹿峠。
頑張って自転車を進め、三重と滋賀の県境あたりでこの日も野宿。


名古屋駅近くで撮った写真。

5日目 8月19日(水) 鈴鹿峠〜水口〜草津〜大津〜京都
朝起きて少し自転車を走らせると、途中でパンク(>_<)近くの人に最寄りの自転車屋を聞いて、2キロほど自転車を押して歩いて、自転車屋でパンクを直してもらう。
そこから仕切り直して、体力的にも限界に近づいていたが、滋賀県に入ると琵琶湖も見えて来たので、琵琶湖の景色を楽しみながら少しづつ京都に近づいていく。
そして、日が暮れて少しして感動の京都!!
この日は3日ぶりにユースホステルに宿泊。

次の日は足が限界だったので自転車には乗らずに徒歩と交通機関で京都近辺の観光を楽しんだ記憶が。そして帰りは自転車(折り畳み可能なので)を袋に入れて新幹線で東京まで行ってそこから東京〜吉祥寺間を自転車で運転して帰宅。

いや〜懐かしいなあ。社会人になるとこんな冒険はなかなかできないけど、どこかで1泊2日くらいの旅をするのも面白いかなと思ったり。

 

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